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− 短編・旅エッセイ −

<8> 聖ゾラバル教会





 





 




アルメニア・首都エレバン
 さして賑やかでもなく、いやむしろ地味な店がぽつぽつと、行きすぎる人の表情も読めないプーシキン大通りは、秋の影が長々と伸びるなか、ロシア製の車がときおりやかましく通りすぎる。
 私は地図を頼りに交差点を東に入り、さらにその先を北に折れる。舗装された一本の道が、団地の敷地のような場所を通っている。秋の夕方という時間帯のせいか、どこか落莫(らくばく)として淋しい気配が広がった。
 少し歩くと、左の屋根の奥に小さな十字架が見えてくる。
 その位置を頭に刻みながら団地を歩くと、やがて左に曲がる小道が現れた。
 ——これだろう。
 はたしてすぐに教会が現れる。小道は教会の裏手に続いていた。
 私はロシア正教のがらんとした空気感が好きである。アルメニアはロシア正教ではなく、そもそも東方正教会ですらないが、教会の雰囲気はカトリックよりも東方正教会に近い感じがする。そんな静かな、それでいて住民が通ってくるような教会を見たいと思い、ここまでやってきたのだった。
 小道からそのまま建物の正面に回り込む。礼拝堂の入り口近くに「聖ゾラバル教会」と書いた金属板が打ちつけられていた。1694年の年号が見える。

 開いた扉から中に入る。
 すぐ左に、ロウソクを売る一角があった。10本ほどが束になった、長さ20センチほどの細身のロウソクである。訪れた人は、たいていみな一束ずつ求めているようだった。
 堂内はそれほど広くない。
 正面に小さな壇があり、幼子のイエスが男に抱かれる絵が掛かっていた。イコンと総称される、聖人を描いた宗教画である。男はマリアの夫ヨセフなのか、それとも別の聖人なのか私には判らないが、いずれにせよ、イコンは仰々しい五角形のフレームに収まって、10本ほど並んだロウソクにぼんやりと照らし出されていた。
 イコンの手前にはさらに太い石柱が左右に一対並び、それぞれに別のイコンが掛かっている。それぞれのイコンの前にはロウソク台が置かれ、幅1メートルほどの金属盆のなかで、ざっと30本ばかりのロウソクが黄色い炎をゆらゆらと揺らめかせている。参拝者はめいめい自分のロウソクに火を移し、空いた場所に立て、胸の前で十字を切る。多少の動作は違っても、ロウソクや線香に火を移して願いを込める様子は中国の寺とさして変わらないと思った。

 右側の柱の前では先ほどから一人の男が熱心に祈っている。
 歳は30代後半くらいか。床にひざまずいてイコンを見上げる。イコンには、十字架に磔(はりつけ)にされたイエスが描かれていた。男はイエスを一心に見つめ、口の中でなにやらぶつぶつと唱えつづける。近くの参詣者はロウソクを灯したくてイコンの前に立っているのだが、男はイエスしか目に入らないらしく、その厳然とした空気に他人は口を挟めない。
 男は一通りの念誦を終えると、頭をくりかえしくりかえし床にこすりつけた。顔を上げると、今度はくどいほどに何度も十字を切る。とても祈り尽くせないといった様子ながら、しかしすでに多くのエネルギーを費やしたとみえ、まるで激務を終えたサラリーマンのように、脱力と安堵の入り混じった表情で立ち上がる。
 通勤時間帯のせいか、堂内には入れ替わり立ち替わり人が訪れていた。
 やってくるのは、信心深そうな中年男女ばかりではない。会社帰りのOLと思える、ミニスカート姿の女性も混じっている。まるでコンビニにポテトチップスでも買いに来たという気軽さで、手にしたロウソクに火を灯し、イエス様にむかって十字を切る。その気安さを見て、
 ——神様を軽んじている。
 とは思わなかった。やたらと厳粛さを演出してみせるイランのモスクを思えば、アルメニアの神は人々のすぐ隣にいる。その距離の近さを、私は好ましいと思った。
 キリスト教徒でもない私は、堂内のおごそかな空気に心が静まったところで退出した。教会の敷地をそのまま西に出て、プーシキン大通りに戻る。弱い西日を受けた通行人が長い影をひきずるなか、街角がしばし朱の色に暖まっていた。

 
 〈アルメニア周辺図〉
─ 初出:『恋するアジア』第18号(1999年1月)─
修正:2013年2月20日