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そこは地の果てアルメニア
                   
国際バスの国境越え
〜 イランからアルメニアへ 〜
1998年9月

〈 前 編 〉

1 テヘラン・西バスターミナル
 時計の針は昼の1時を指していた。
 ──遅刻すれすれだ。
 私はバックパックを背負いながら、バス会社のカウンターに急いだ。
 窓口には1時に来いと言われていた。おそらく定刻に行ったところで、どうせたいしてやることもなく、ターミナルのなかでただぼんやりと待たされるのがオチなのだろうが、さりとて日本人は時間を守らないと思われてもイヤなので、1時に間に合うよう、逆算して宿を出たつもりだった。
 タクシーで時間をくったのが誤算だった。近道で行こうと、大通りを避けたのが裏目に出たようで、かえって多少の迂回を余儀なくされた。テヘランの西バスターミナルに着いたときには、ほとんど1時になっていた。
 肝心の出発時間は2時である。
 多少遅れても、実質は影響がないはずだった。
 それでも何が起きるかは分からない。1時に来いと言われた以上、早めに行っておくのが筋である。私は、バス会社セイェル・ギティのカウンターをめざして足を速めた。
 ターミナルの建物には、多くのバス会社がカウンターをずらりと並べている。さすがは首都のバスターミナルとあって、日本ほどせわしくはないにせよ、西に行く人東に去る人、それぞれ移動客が荷物をかかえ、希望のあるヤツもないヤツも、それが運命と思い定めてか、それぞれの目的地にむけてここから新たな一歩を踏み出していく。ターミナルは、そんな人々の活気とエネルギーに満ちていた。
 先日チケットを買った見覚えのある窓口に、1時2、3分ごろ到着する。これまた見覚えのある職員が私を認め、
 ──呼ぶから待っておれ。
 と、カウンター前のベンチを指し示す。
 私はやれやれと、バックパックを下ろしてベンチに座った。
 ふと顔を上げると、すぐ前の列に日本人らしき男が二人いる。着いて休憩しているのか、それとも同じようにバスを待っているのか判然としないが、さして急ぐ様子もなく、ベンチにだらんと腰かけている。イランでは他の東洋人旅行者を見なかったので、私は十中八九、日本人だと確信した。
「日本の方ですか?」
 相手が私に気づいたので、こちらから切り出してみた。
「そうです」
「今、着かれたんですか?」
「いえ、これからアルメニアに行くんです」
「え、もしかして2時のバスですか?」
 思わず私は問い返した。
 まさか同行者がいるとは思わなかった。イランからアルメニアへのバスである。週に2便なので多少は確率も高くなろうが、それでもここからバスでアルメニアに抜ける人など、多いとは思えない。これはさい先がいい。移動の道中は、一人より道連れのいるほうがやはり楽しいし心強い。
「イランはどこを回りました?」
 さっそく旅道中の話が始まる。
 イランには3週間滞在したが、日本人旅行者とじっくり向かい合うのはこれが初めてだった。旅行者の多い町なら、来る人があれば去る人もあり、日々流転して名前さえ覚えていられないが、イランの、とくに9月半ばを過ぎて学生の姿がとんと減った時季とあれば、たまに出会う旅行者はみな同志とばかり、ありきたりの質問にも、おのずと温かな温度が加わってくる。
 二人のうちの学生と自称するのが、さっそく失敗談を披露した。
「ぼく、荷物を盗(と)られたんですよ……」
「え、荷物って、バックパックですか?」
「そうです、バックパックです。貴重品はこん中に入れてたんで、パスポートと金は大丈夫だったですけど」
 学生は、手元の肩掛けカバンを大切そうに引き寄せた。
 さすがにパスポートと金は手放さなかったようだが、バックパックが丸ごとなくなっては、たとえ旅慣れた人であってもショックは大きいはずである。
「服とかはまあ、どうでもいいんですけど、フィルムやお土産も全部あん中なんですよ。北京で変なポーズして撮った写真も、あーあ……」
 絶句のあと、しばらくは言葉が続かない。
「……あ、日記帳もだ。ちょうどノートが終わって新しいのを買ったんですよ。新しいのはこっちに入れてたのに、古いほうはバックパックなんだ。ちくしょう」
 私に言っているのか独り言なのか、本人も私に語っているうちに、思考がぐるぐる回って回想モードに入ってしまうらしかった。
 ──それにしても、いったいどうやって盗られたのか。
 1時間後にはイランを出るバスに乗るといえ、手口くらい聞いておいても損はない「で、どこで盗られたんですか?」
 私は興味本位と取られないよう、さりげなく聞いてみる。
「ここですよ、ここ」
「ここって、……ここ?」
「そうです。ほんと、ここなんです」
「……」
 犯罪の少ないといわれるイランで、旅人の荷物が盗られただけで驚いているのに、その現場が、こともあろうに私がいまのほほんと座っているこのバスターミナルだという。私は思わず自分の荷物に視線を送った。
 ──ある。
 なかったらそれこそ大変である。イランは大丈夫と気をゆるめていた自分の不覚、それがふいに目を覚まし、今ごろになって自分の荷物に目を配っている。それよりいったい、盗られた手口というのが気にかかる。イラン人は信用のおけるのが多いため、他国の盗人なら嘲笑するような稚拙な手口が、堂々とまかり通ることもありそうだ。
「目を放したスキを狙われたんですか?」
 と尋ねると、学生はそれまでの勢いを急に落とし、
「それがまぬけなんですよ」
 と前置きした。
「朝、ここに着いて、イラン人と知り合ったんです。朝メシまでおごってくれて、すごい親切だったんです。イランだし、こっちもすっかり気を許してしまって、トイレに行くときに荷物を見ててくれと頼んで……もどってきたら、もういなかったんです」
 警察に届け出てはみたものの、その場にいた警官は英語がロクにできず、盗られた訴えが通じなかったという。
 ──なんとお粗末な。
 とは思ったものの、しかしかりに日本で同じように、身なりのよろしくない外国人旅行者が交番を訪れ、英語で被害を主張したところで、はたしてどこまで親身に耳を傾けてくれるか。貧相な身なりというだけで、視線からして変わりそうな気がする。
「返してくれよなあ。今、返してくたら許してやるよ」
 学生のほうは、多少わざとらしくも、真剣に弱っているそぶりを見せる。さても同じ旅行者として、バックパックを盗られたときの失意は想像に余りある。しかし現実的にみて、じっさい荷物がもどってくる見込みは、いくらあがいたところで限りなくゼロに近いと思われた。学生には申し訳ないが、私と社会人のほうは、おおいに同情を寄せ、ともに心で泣きながらも、気持ちはすっかり諦めの色に染まり、バスの出発はまだか、早く2時になれかし、と思っている。
 そのような状況のなか、2時を少し回ったところで係員が手招きをした。
2 ベンツのバス
 ──え、これがオレたちのバスか。
 あとの二人も同じ思いのようだった。
 トルコは別格として、イランの長距離バスはアジアのなかで抜きんでて立派である。ベンツは当然にしても、イラン・ホドゥロをはじめとする国内メーカーのセンスと技術はなかなかのものだ。一般市民のイラン人は細やかな芸を得意とするようにみえないが、美麗なモスクの数々を見れば、一流の職人たちは、第一線の感性と技術を誇っているにちがいない。座席は比較的ゆったりとして、クッションもほどよく沈み、エンジンのパワーも弱くない。坂道を楽に登っていく。なにより故障が少ない。
 ──技術ひとつでこうも違うものか。
 中国の山間を走る国産バスを思い出すにつけ、この差はなんなのかと不思議な心持ちになる。そのうえ主要都市を結ぶイランの長距離バスは、複数のバス会社が競争していることが多く、安さと快適さを競い合っている。車両も比較的あたらしいものが多い。
 料金がまた格安である。
 あれほど安いと、バス料金だけでは成り立たないのではないかと余計な心配もする。政府から補助金でも出ているのだろうか。たとえば7、8時間のバス移動が、米ドル換算でたかだか1ドル強である。4、5時間の距離であれば1ドルもしない。日本の物価に直せば──換算はむずかしいが、ぜいたくな晩メシ代だと考えて──ざっと2千円前後の感覚だろうか。
 公共の乗り物では、国内線の飛行機が同じように安い。1時間半のフライトでおよそ8万リヤルだから、米ドルに直して12〜3ドルである。現地の感覚ではそれでも1万円を払うくらいの値段だが、ドルをもつ外国人には格安である。
 ところが残念なことに、国際線になると世間並みの値段に跳ね上がる。
 今、目の前に停まっているテヘラン〜エレバンのバスも例外ではない。これが国内の長距離バスなら、距離から考えてせいぜい5ドル程度が相場と思えるのが、ちょっと国際線の名が付いただけで、火曜日出発の便が10万リヤル(16ドル強)、また金曜日出発の便が13万リヤル(21ドル強)と、イランにすれば驚異的な値段になる。私が乗ったシラーズ〜テヘランの飛行機のほうがはるかに安い。
 それだけのバス代を支払っているのである。さぞや国際級のデラックスバスが待っているにちがいないと、ただ漠然と期待を抱き、さてはと、心勇んでバス乗り場に来たのだった。しかしその期待はものの見事にはずれた。オンボロと呼ぶのは酷だが、イランの標準的な長距離バスを思えば数段は見劣りがする。
 それでもベンツのバスである。バス会社の男たちは「ベンツ・バスはグッドだ」と口をそろえて言う。しかしどうも内輪びいきのそしりを免れえない。
 乗客は20人ほどだった。
 座席数からすれば空(す)いている口だろう。しかし、夜行バスなら多少はゆったりと座りもしたい。定員の半分が妥当な線ではないか。ぜいたくを言えば20人でも多いくらいだ。
 その乗客たちに、特異な空気が漂っていた。男なら髪が黒々と光って眉も濃く、たまに豊かな口ひげを伸ばしているイラン人の風貌は少なく、髪は銀髪か茶髪、ひげはすっきりと剃り落とし、肌の色もいくぶん薄いようにみえる。イランではあまり見かけない人々であった。女は顔しか見えないものの、情感を押し殺した黒い瞳ではなく、比較的さばさばとした軽さのある、茶色っぽい瞳がのぞいている。
 車内は、すでに小さなアルメニアであるらしかった。
3 荒野のドライブイン
 しばらく続いた緑のある風景も、都市圏から離れるにつれて漸減し、やがて黄色く茶色く荒れた大地が、視界一面に広がってくる。右手に近く遠く続いていくのはエルブールズ山脈か、小高い山々がやはり地肌をむき出しにして伸びている。そのような風景のなか、片側二車線の立派な舗装道路が、大都市タブリーズに向けて平原を左右に切り裂いていた。
 舗装の質もよかった。高速走行でも走りが滑らかである。この分ならイラン側は楽勝だろうと、私はシートに深くもたれた。
 うつらうつら寝ては車窓をながめ、それに飽きてはまたうつらうつらを繰り返すうち、いつしか日の光が赤い色を含みはじめた。黄色い大地は赤茶色へと、またその赤茶色も次第に精彩を失ううちに、やがて太陽が弱々しく西の地平に沈みはてると、東の空は青に黒の成分がまざりはじめ、夕まぐれに黒がじわじわと勢力を伸ばすにつけ、闇の勢いは天に跳ねて地を染めて、いつしか平原は一面のモノトーン、わずか西の低空に残照を燃やすばかりとなった。
 バスもただ薄暗い車内灯を灯すだけで、車中に夜陰がじんわりと入り込んでくる。
 世界から色が失われると、人の気持ちも単調になる。雄大な大自然の風景に心を染めながらも、意識はきわめて現実的な体のシグナルを受けとめる。
 ──ああ、腹が減った。
 夜が来て星が出れば空腹も感じよう。しかし、長距離バスの運転手は客の腹具合までいちいち気遣わないものとみえ、食事休憩はたいてい遅い。おおよそバス会社と食堂で取り決めがあるのかもしれないが、中国では一度、晩メシが夜の11時ということがあった。
 夜の11時というのは極端にせよ、今日も8時や9時くらいになる可能性はおおいにあると踏んだ。さればしばらくは寝ていようと、さして眠くもないがふたたび目を閉じてみると、バスの振動はほどよい子守歌、体を小刻みに揺すられると、いつしかうつらうつらと眠ってしまう。やがてスピードの落ちる気配に目を覚ますと、目の前に大型バスが何台か駐車した前に、明るく大きな平屋建てが見えた。
 バスはその正面にゆっくりと回り込んで停車する。
 これはどう考えても食事休憩だろう。時刻はすでに9時を回っている。念のため、降り際に運転手に向かって、
「ガザーエ?(食事ですか)
 と聞いてみる。そうだ、そうだ、というように、運転手はうなずいて笑った。
 建物のなかは、大きな学食といった造りだった。広い空間に質素なテーブルが二、三十ほど並び、入り口の脇に食券を売るコーナーが、そしてそれとは反対側の、奧の厨房の前に食券を受け取る窓口がある。その左側にトイレが見えた。
 食券売り場には、ペルシャ語の値段表が置いてある。どのみち読めるのはチェロケバブくらいなので、何も考えずにチェロケバブを注文する。
「チャンデ?(いくら)
 私が聞くと、売り場の男は電卓をたたいて750と示した。
 金を払ってプラスチックの札を受け取る。ちなみに、値段の単位はトマンである。イランの通貨単位はリヤルだが、日常的にはなぜかトマンが広く使われている。1トマンは10リヤルである。750トマンは、したがって7500リヤルになる。
 二人の日本人もそれぞれチェロケバブを頼んだ。食堂を突っ切って奧の厨房前の窓口に行き、整理係のような男に食券を渡す。ひとまずヨーグルトの入った小さなアルミ食器と、炭酸ジュースのビンが手渡される。メインのチェロケバブは後回しのようだ。私たちはヨーグルトと炭酸ジュースを持って、空(あ)いたテーブルを探した。
 駐車場に停まっていたバスの乗客が、ざっと四、五十人ばかり、あちこちのテーブルに散らばってくつろいでいる。私と同じバスの客もみえる。空いた席はちらほらあるが、しかし三人が座れるようなテーブルは少なかった。私たちはしばらくテーブルの間をうろうろしたあと、入り口近くのテーブルに席を見つけた。やがてメインのチェロカバブが運ばれてくる。串刺しのカバブに白いライスがついた、イランの典型的な定食である。
 店そのものはかくべつ新しくもないが、出てくる食事は750トマンの値段に見合っていた。ボリュームも味も文句なく、多くの客でにぎわうのは、たんに場所柄のせいだけではないようだった。
 食後は、バスの周辺でぶらぶらと時間をつぶす。
 やがて運転手がバスにもどってくる。出発の合図が鳴り響き、バスの旅がふたたび始まった。