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 グルジア雑記 
えにし
経巡るグルジアトビリシの縁
 
10鉄道駅の表側
 ぽつんと唐突に立つ駅前のサンドイッチスタンドでコーヒーを買う。トビリシは相変わらず曇っていて肌寒かった。初日のあの晴天ははたして本当だったのかと疑うほど、穏やかな秋晴れが遠い彼方に感じられる。
 店のおばさんは親切な人で、1杯分が小分けされたアルミパックを何種類か私に見せて選ばせたあと、砂糖の容器を見せ、いるかどうか聞いてくれる。首を振っていらないと伝えると、紙コップにインスタントの粉だけを入れて熱湯を注いだ。
 真冬にホットの缶コーヒーを持ったときに熱が手袋越しにやんわりと伝わってくるように、紙コップの縁を持つ手に熱がほのかに漏れてくる。一口すすると、温かい液体が胸の奥を降りていき、冷えた内臓や筋肉までもがゆるやかに解(ほど)けていく心持ちがする。急ぐ用事はとくにないので、コーヒーを少しずつすすりながら、人が行き交うさまや、商店や露店で客が品定めをする様子をぼんやりと眺める。
 駅前の広大な駐車場のなか、ワゴン車がかたまって停まっている辺りに近づくと、立ち話の運転手らが口々に声を掛けてくる。
 ——いや、行くのは明日なのだが。
 そのことを伝えたくて、会話集を参考に「ツァヴァル・フヴァル」(明日行きます)と言ったがまったく通じない。たとえ片言でもグルジアではグルジア語を話したかったが、通じなければ意味がない。運転手の一人がロシア語で何か聞いてきたので、通じないグルジア語を諦め、ひと言「ニェ・セヴォーdニヤ(今日じゃない)と言うとようやく通じた。重ねて「ザーftラ(明日)と続けると「じゃ、明日来い」みたいなことを言われた。ロシア語のなけなしの知識を総動員した変な会話だったが、クタイシ行きがここから出ていることがこれで確かめられた。

駅前のサンドイッチスタンド(テイクアウトのみ)

グルジア語のコカコーラ・ロゴკოკაკოლა
 用事が済んだので駅前の商店通りを歩いてみる。パン屋では片隅に多少の野菜も売っているが、肝心のパンは丸いのやら平べったいのやら細長いのやら、さまざまな形のものを売っていて面白い。
 駅から離れる方向に少し歩き、大きめの通りを右に折れると、歩道に即席の露店を並べた庶民的な商店通りがあった。商店と共存しているのか邪魔をしているのか、あるいは場所代でも払っているのか、商店前の歩道に野菜やら雑貨やらの露店がずらりと並んでいる。こういう光景を見ると、
——ああ、グルジアは中東とヨーロッパの狭間にあるんだな。
と気づかされる。
 いくつかの露店で見て珍しいと思ったのは、杏を紫色にしたような、あるいはマンゴスチンの皮を柔らかくしたような果実で、大きさも杏やマンゴスチンと同じくらいである。これをごっそり入れた箱にシャヴクリアヴィ(შავქლიავი)と書いてあったので、帰国後にポケット辞書を引いてみると、杏ではなく〈黒いスモモ(ブラックプラム)とあった。紫色のフルーツはあまりおいしそうに見えないが、考えてみれば巨峰やブルーベリーも紫色だ。中身は意外とふつうの甘いフルーツなのかもしれない。写真を撮っておきたかったが、買わずに写真だけ撮るのも不躾(ぶしつけ)な気がして、写真を撮るのはやめにした。

駅前の商店通り

露店が並ぶ中東っぽい通り
 駅に戻り、今度は地下鉄に2駅乗ってポリテクニック駅に行く。前回訪れたときはこの近くのホテル・アチャリに泊まっている。いまはホリデーインに変わっているらしいので、様子を見届けに行く。自分がかつて関わったものがその後どうなっているのか、気になるものである。
 当時すでに古びていたホテルは、ガラス張りの建物に生まれ変わっていた。どうやら骨組みは壊さず、内外の改装にとどめたようで、がらんとした平地に高層のホテルが寂しく立つ様子は当時のままである。面影を残していることに少し安堵を感じたが、真新しいビルは周囲の風景から孤立しており、庶民の日常生活からは画然と隔絶して見えた。
 ちょうど昼時だったので駅前のサブウェイに入る。ここ2日ほど腹の具合が安定しないので、安全策を取って馴染みのある店にした。食べ物もさっぱりしたものがいいと思い、軽い刺激のあるスパイシーイタリアンを頼む。材料は日本とほとんど変わらず、サラミ2種類とチーズのほか、野菜としてレタス、トマト、タマネギ、ピーマン少々、オリーブ、ピクルス、そして辛さは判断できないが、緑色の小型の唐辛子がいくつか入っている。値段は15センチで4.7ラリ、これにアメリカンコーヒーの3.2ラリを加えて計7.9ラリ、ざっと500円である。セット販売はないようで、単品の組み合わせである。
 単純なレート換算で500円だから、物価感覚ではもっと高いにちがいない。
 ホリデーインの先にグルジア工業大学があるので、雰囲気を見に行く。門や前庭はなく、多少のスペースをおいて校舎が通りに面して建っている。校舎の前では学生たちがぱらぱらとたむろする。トビリシ大学に比べるといくらか地味な印象で、校舎も学生も自然体で構えているように見えた。
 その後、付近を少し散策しようかと思ったが、あまり特徴のない界隈で、興味を引く風景もなかったので、近くのバス停から51番のバスに乗って中心部に戻った。

ホリデーイン
(手前の車はマルシュルートカと呼ばれる乗り合いバス

サブウェイのランチ
(2015.1.31 記)