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いざ行かん、バルカン
クロアチア〜イタリアの旅, 2011年
ザグレブ
2. ザグレブ〔1〕 宿と昼メシ 2011.9.26mon.
|11:20 ▷ 宿へ
 大通りから脇道に入り、減速したまま道なりにカーブを曲がると、空港バスは少し気だるい感じでのっそりとバスターミナルに進入する。ほんの30分ほど前にクロアチアに到着したばかりだが、空港からの沿道風景を道々眺め、漠然とながら、
 ——楽しい所かもしれない。
と予感する。
 賑やかな光景を目にしたわけではない。
 いや、むしろ何の特徴もない郊外の風景が広がるばかりで、ついうとうとと居眠りしそうなのどやかさだが、かえってそれが新鮮で、あざとい広告が強引に人目を引くこともなく、また巨大な黄色いMのマークが無遠慮に人々を見下すこともなく、とある店先で作業をする男たちや、まばらに行き交う車の列に、身の丈で暮らす人たちの心のゆとりのようなものを感じたのだった。

 道順の都合か、バスはまるで人目を避けるかのようにバスターミナルの裏手から駐車場へと進み入る。裏口にはこれといった目印もなく、道路がそのまま駐車場につながっている。他にはバスが1、2台停まっているだけで、知らなければそこがバスターミナルだとは気づかないほど地味であった。
 正面の様子は見えないが、裏口の地味な造りからすると、正面だけがきらびやかに装飾されているとは思えず、つまりは首都のバスターミナルが過剰な装飾をまとうことなく、有り体(ありてい)に建っている。その自然な感じが好ましく、良くも悪くもそれがクロアチアという国の現実を表しているような気がした。

 宿は裏口から出たほうが近いため、バスが入ってきた道をそのまま逆にたどって道路に出る。宿への行き方は出発前にグーグルマップで調べていた。大通りから中に入った後が少しわかりにくいが、右左折の場所さえ間違わなければ問題ないと思われた。
 ところがどういうわけか、途中で道がわからなくなった。どうやらゆるいカーブを回り込んだ先で、方向を間違えたらしい。幸いまだ正午前で、ときどき人が歩いている。親切そうな子連れの女性に地図を見せて尋ねたところ、おばさんはしばらくぶつぶつと独り言を言いながら地図をにらんでいたが、やがて結論に達したと見え、地図上の一点を指し示す。
 そこが現在地のようだった。南北の大通りに出るはずが、東西の大通りに出てしまっていた。
 そこから十分か十五分をかけてようやく宿にたどり着く。グレーの多い街を歩いてきた身には、深いえんじ色と淡いベージュの配色が色鮮やかに映った。

旅行写真
ホテル リシンスキー

|正午すぎ ▷ 昼メシ
 チェックインまでまだ時間があったので、荷物を預けて外に出る。
 辺りは駅裏の住宅街といった趣(おもむき)である。大通りがそばを走るわりに静かで、せかせかと急ぎ足で通り過ぎるような無粋な奴はおらず、さりとて間延びした空気もなく、売店や飲食店がぽつぽつと点在して適度なリズムをつくっている。ちょうど昼メシの時間なので、適当な店がないか探しながら駅に向かって歩いてみる。
 そんな中、歩道にテーブルを数脚並べただけの小さな軽食屋がある。いかにも人間関係の濃そうな地元の店に見える。到着したばかりのよそ者が、いきなり飛び込んで日常の空気をかき回すには及ばない。
 この手の店はもう少し街に馴染んでから来るとして、そのまま先に進む。

 ある店先に、円盤形の食べ物——お好み焼きかパンケーキのような——が皿に載った絵に、「Burek sa sirom」と書き添えられた看板が出ていた。「sa sirom」は「チーズ入り」という意味だが、burekがわからない。
 いったいどういう食べ物か。
 絵は童話の挿絵みたいなマンガっぽいものだった。食べ物そのものより、さながら魔法使いやら小人やらが登場しそうなその雰囲気に引かれ、店に入る。
 中にいたのは肉屋にでもいそうな血色のいい初老のオヤジだった。丸い空気をまとい、人の良さそうな目で真っすぐ私を見る。これとて童話の登場人物と見えなくもない。いや、それよりもburekである。Burekとはいったい何かさっそく聞いてみる。
 ——これだ。
と、実物を見せてくれることをいくらか期待したのだが、残念ながらそういう展開にはならず、むしろ「ヤブカ」か「シール」か聞いてくる。シール(sir)は上に書いたようにチーズだが、ヤブカがわからない。「ヤブカ??」と、やや大げさに聞き返すと、
 ——Apfel.
と、ドイツ語の単語で返ってきた。私はドイツ語はほとんどわからないが、英語のappleによく似ているのでこれならわかる。
 具材がリンゴでは食事にならないと思い、チーズ入りを頼む。

 はたしてどういう食べ物が出てくるのか、楽しみと不安が交錯するなかで待っていると、出てきたのは揚げパイだった。
 味の予想がつかないので、食べてみるしかない。フォークの側面で一口大に切り、虚心坦懐に口に入れる。表面は揚げてパリパリしているが、中は生地と具がぐちゃっと混ざって組んずほぐれつしていた(下欄外のリンク先の写真参照)
 はるか昔、旧ユーゴのどこかで似たようなものを食べたことがあるのを思い出した。あのときはパイのつもりで頼んだら、このチーズ入りの揚げパイが出てきたのだった。あのburekは妙に塩辛かったが、今はクロアチアでも健康志向なのか、このburekは塩味が控えめである。小麦粉とチーズの味が中心で、甘味はまったくなく、単調な味だがまずくはない。ただ、直径15センチほどの揚げパイをひとつ平らげるには、今のように空腹でないと途中で飽きてしまうことは必定である。

 店のオヤジは陽気そうだったので、食べ終えたあとに会話を試みる。しかし、やはりそれは無謀な試みで、会話などほとんど成立しない。「何年住んでいるのか」という問いはかろうじてわかった。I'm touristと英語で答えたが、留学生とでも思われたのだろうか。

旅行写真
宿の周辺

 店を出た足で駅に向かう。
 駅の裏は市バスのターミナルになっていて、店が何軒か並んでいる。マクドナルドもある。こちら側に駅舎の入口はないので、地下道をくぐって駅の表側に行ってみることにする。

駅の裏
ザグレブ駅の裏側

デザイン変更 2013.9.12〜16
改 2013.7.15
記 2011.10.29
関連リンク:
Burek sa sirom(写真参照)