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ことざっき
外国語をめぐる少しオタクな雑文
(2双 数
 世の中には2つで1組というものが数多くある。手、足、目、耳をはじめ、それに使う手袋や靴、さらには英語ではズボンやはさみも2つで1組と考える。
 靴のように片方だけではふつう用をなさないものについては、最低2つが必要になる。複数形がある言葉では複数形の出番となる。

 古い言葉のなかには、単数でも複数でもなく、2つ専用の形をもつものがある。いわゆる双数形である。両数形ともいう。
 いくら2つで1組のものが多いといっても、文法的に双数を区別するというのはやり過ぎだという気もする。現代語でほとんどが複数形に吸収されているのは当然といえよう。

 古代語でいえばエジプト語に双数がある。ヒエログリフで書かれるあの言葉である。双数の歴史は古いようだ。古代語ではないが、サンスクリット語にも双数がある。

 現代語のなかで頑迷に双数を守っている言葉に、たとえばアラビア語やスロベニア語がある。アラビア語はアラビア文字のイメージがなんとなく思い浮かぶとして、スロベニアと聞いて国の位置が思い浮かぶ人は少ないかもしれない。スロベニアは旧ユーゴのうち一番西側の国で、西はイタリア、北はオーストリアと接している。
 このページではスロベニア語の双数について簡単に紹介したい。といっても、私はまったくの初心者なので、以下はもっぱら文法書の引き写しである。

スロベニア語:
 男性名詞の「傘」dežník と女性名詞の「荷物」prtljága は、双数において語尾が次のように変化する。
 〔男〕単主 dežník
    双主 dežníka
 〔女〕単主 prtljága
    双主 prtljági
(※「単主」は単数主格、「双主」は双数主格を表す)
 語尾に母音が付いたり、語末の母音が入れ替わったりするだけだが、逆にいえばそれだけで意味する数が変わるのである。ついでに言うと、名詞を修飾する形容詞も、相手の名詞が単数か双数か複数かで語尾が変わる。上の単語を使って「新しい傘は」というとき、傘が1本のとき、2本のとき、3本以上のときで次のように変わる。
 傘は1本 nòv dežník
 傘は2本 nôva dežníka
 3本以上 nôvi dežníki

 動詞の形(人称変化)も、主語が単数名詞か双数名詞か複数名詞かで異なる。たとえば、英語の「私たちは」は we だけだが、スロベニア語では「私たち2人は」が mídva/mídve、3人以上の「私たちは」が mí/mé と、区別される。動詞の人称変化もそれに応じて異なる。たとえば、動詞「働く」の1人称現在形は、単数(私)、双数(私たち2人)、複数(私たち3人以上)で次のように変わる。
 主語1人 délam
 主語2人 délava
 3人以上 délamo

 このように、文法に双数の概念が入ると、名詞だけでなく形容詞や動詞にまで変化が及び、わけがわからなくなる。文法書(下記の参考欄を参照)によると、現代の話し言葉で実際に双数が使われるのは幸いにも男性名詞だけであるらしい。
 スロベニア人がはたしてどこまで双数を正しく使いこなしているのか、興味を引かれるところだが、以前スロベニアを訪れたときはそこまで頭が回らず、尋ねる機会をもたなかったのは、いま思えば少しもったいなかったかもしれない。

〔参考〕
・ 『サンスクリット文法』岩波全書(辻 直四郎、岩波書店、1974年)
・ 『スロヴェニア語入門 』(金指 久美子、大学書林、2001年)50ページなど
(2013.9.25 記 
10.27 改)